さむらい物語 第64話 ~さむらい昇給せず!~

やあやあ、さむらいである。


先日の事、“ブログ”で十分、ネタに出来る
“実戦データ”を誤って消してしまったのだ。


幸いにも1日分で済んだから良かったものの、
全てのデータが飛んだ時の事を考えると末、
恐ろしいw


そんな時は半月ほど、

『さむらい物語』

でやり過ごすしかないな、と思った次第。


改めて、“バックアップ”は必須であると反省した。


さて、そんな『さむらい物語』も更新が滞っていた
ので久々に更新させて頂こう!


前回の話しはこちらから
さむらい物語 第63話 ~さむらい神店を発見!~

前回までのあらすじ

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『さむらい物語』とは我輩、さむらい
『過去の記憶や足跡』
『パチスロの歴史』を重ねて振り返り、
見ていこうと言う、趣旨の『物語』である。


一部、年齢などの部分は“妄想”もあり、中には
“記憶違い”等が含まれている可能性が
ある事もお断りしておくw


当時から、『パチスロ』で生きていく“決心”
していたさむらいは将来、

『スロプロ』

になる事を“決意”していた。


しかし、まずは苦労を掛けた両親への
感謝の念から、『野望』を胸に“ホテル”
就職したさむらいであった。


この頃になると、『ぱちんこ』“みなし機”
された“連チャン機”“強制撤去”も落ち着き、
“台替機”“最大連チャン数5回まで”と言う、
“リミッター付の規制された機種”


まさに『ぱちんこ』“氷河期時代”であった。


しかし、『パチスロ』
『技術があれば勝てる時代』から
“CT機”の登場を皮切りに、

『劇的な進化』

を遂げていく。


“新基準機”と称し、『大量獲得機』が登場し、
その“1か月後”には『セブンライン機』が登場
していたのである。


『ぱちんこ』とは反して明らかな盛り上がりを
見せる『パチスロ業界』であった。

思い出の機種

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『タロットマスターR』はメーシーの販売する
“4号機”である。


世が『タロットエンペラー』を取り上げる最中、
我輩が取り上げるのは前身機となる

『タロットマスターR』

であーるw


筐体上部には『大花火』の鉢巻リールと同じ、
“4thリール”を搭載した“大量獲得機”


“リプレイハズシ”“BARチェリー7”を狙えれば
ハズせる容易な目押しで、最大696枚の獲得が
可能であった。


その名の通り、“タロットカード”をモチーフに
した機種であり、『ジョジョの奇妙な冒険』では
“第3部”が1番好きな我輩としては“タロット推し”
は親近感が持てる。


基本的には“4thリール”を用いた多彩な演出で
盛り上げ、ボーナスを告知するのであるが、
様々な演出の最後に“死神”が止まると

『デース!』

と、言われ“ハズレ”となる。


“7”が止まる、或いは、“ナビの矛盾”などで
ボーナスを告知すると言うもの。


この時の

『デース!』

がムカつくこと、ムカつくことw


『大花火』もそうであったが、この手の演出は
キャンセルが出来ないw


それが故に、見たくもない演出を強制的に最後まで
見せられた挙句、

『デース!』

とくれば、触りたくなくなるのも無理はない話し。


正直な所、それが理由で“思い出の機種”と言う程、
思い入れなど、あったわけではないし、そこまで
打ち込んだ記憶もないのである。


“タロットエンペラー”では演出のキャンセルが
可能なので見た事ない方も多いだろうが、

『デース!』

はしっかりと受け継いでいるのであったw

のっち登場

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久々に“ホテル”の職場の話しをさせて頂こう。


入社して3年の月日が経ち、我輩にも後輩が
出来るようになった。


今でも付き合いのある

『のっち(仮字名)』

が入社してきた。


“のっち”はホテルの専門学校出身であり、
その時に“実習生”として働いていた経験もあり、
入社前からの顔馴染みであった。


入社1年目の研修で我輩の働く部署である
“ベルマン”“のっち”が仮配属される。


寮生と言う事もあり、可愛がっていたのであるが、
この“のっち”が大のスロット好きであったw


先日の記事で、“リアル門下生1号”として、
“RDN(仮字名)”をご紹介させて頂いたが、
本当であれば“のっち”の方が付き合いは長い。


“RDN”が出てくる記事はこちらから
マイジャグラー3実戦記!2500Gで単独REGが1回のみ?さむらいならどうするか?(序の篇)


しかし、事も有ろうか、“のっち”“リアル門下生”
と言えるほどの実力を持ち合わせていなかった。


プライベートで休みが合えば一緒に“連れ打ち”など
したものであるが、“好きな台を好きなように打つ”
スタイルであった為、負けていたから。


どちらかと言うと、“おすし(仮字名)”派。


“おすし”の記事はこちらから
ただのパチスロ好きにさむらい流『極意と奥儀』をやらせてみた実戦記!(前編)


普段は助言をしても聞き入れる事はなかったが、
本当にピンチになると我輩の元へ来ては助言を
求め来ては、その窮地を何度救った事かw


今でも連絡が来た時は

『最近勝ってないんだろうな』

と察する事が出来るw


そんな“のっち”が入社してきた年であったと
記憶するが突如、会社から“受け入れ難い通達”
される事となる。

昇給の凍結

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突如、会社から通達されたその内容は

『2年間の給料昇給の凍結』

であった。


何をこの会社は血迷っているのだろうか?


ただでさえ、安い給料で働いているのにここに来て
“昇給凍結”だと?


以前にも語った事があったが今から20年以上前
当時、ホテルの給料事情はとにかく、安かった。


給料を語った話しはこちらから
さむらい物語 第38話 ~さむらい給料を語る~


景気が悪い事から高卒の採用をも見送るように
なっていた時代。


1年働いて、やっとこ基本給が“2〜3千円”上がる
だけなのだが、基本給でボーナスも計算する為、
年間にしたら“3〜4万”は変わってくるのでは
ないか?


給料が安かった為、多少の昇給でも嬉しいもので
あったのだが。


それが“昇給凍結”など、どんな愚行だと?


文句が出るのも当然である。


なぜなら、めちゃめちゃ忙しかったから。


あまり詳しく書くとバレてしまうので割愛するが、
“ホテル”の中でも年間の稼働率では上位に位置する
“ホテル”であり、これだけ稼働も良くて忙しく
働いていて、それでいて給料も安く使われている
のに儲かっていないのであれば経営のやり方が
間違っているのであろうw


無謀とも言える愚策に形だけの“労働組合”
従うだけであった。


今思えば、給料を安く使っているにも拘らず、
“昇給凍結”と言う、戦略が出来たと言うのは

『経営が上手かった』

と言うしかないが、当時の我輩にはそれを
気付く事は出来なかったw


当時の我輩は“スロット”でも稼げており、
趣味の延長としてでも“副業”として十分、
成り立っていた。


お金に特別、困っていたと言うわけでではないが、
この“ホテル”に先はないと思っていた。


なぜなら“老舗”とは言うのは簡単であるが、建物は
どんどん、老朽化していき、修繕費で莫大な費用が
掛かるのである。


そうなると出てくるのは『退職』の二文字。


最低でも“3年は勤めろ”と良く言うが、元々、
3年は勤め上げようと思っていた。


そう言われていたからと、言うよりは“学業”を全う
させてくれた両親に対し、親孝行として最低3年
何が何でも辞めないと決めていたのであった。


苦労して学業を全うさせて貰った話はこちらから
さむらい物語 第25話 ~さむらい人生の転機に倒れる~


そろそろ、“潮時”であろうか?


そう、考えるようになったのはこの頃であった。

総括

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翌年の新入社員の採用は見送られた。


最初に掲げていた『3年は辞めない』と言う、
当初の目標は達成した我輩であったが、この事が
きっかけで将来の事を考えるようになっていった。


“のっち”との“連れ打ち”の話しはまたの機会に
させて頂こうw


『第65話』に続く。。。

さむらい物語 第65話 ~さむらい番長と再び!~

本日はこれにて御免!

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