さむらい物語 第37話 ~さむらい蹴られる~

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やあやあ、さむらいである。

『祝ブログ開設3カ月!』

本日で“ブログ”を始めて“3カ月”
達成したのである。


『1日1記事』を目標に、多少の
記事内容に温度差はあれど、何とか、
“3カ月”続ける事が出来た。


この“3カ月間”で綴った記事はなんと、

『90記事!!!』

にも及ぶ!


インターネットで“検索”すれば比較的上位にも
出てくるようにもなり、“ブログ”
運営していくのがどんどん、楽しくなっていった。


これも偏にわざわざ、足を運び、読んで下さる、
門下生(読者様)の皆様方のお陰であり、
大変、感謝しておる。


“4か月目”の目標としては、もう少し、
余裕を持って記事を更新する事と作業時間の
短縮を心掛け、本職の“稼働”に影響を
及ぼさないよう、“精進”したいと思う。


今後とも、『さむらい流スロプロ道』
どうか、宜しくお願い申す。

前回までのあらすじ

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『さむらい物語』とは我輩、さむらい
『過去の記憶や足跡』
『パチスロの歴史』を重ねて振り返り、
見ていこう、言う趣旨の『物語』である。


一部、年齢などの部分は“妄想”もあり、中には
“記憶違い”等が含まれている事がある事も
お断りしておくw


『パチスロ』で生きていく“決心”をしていた
さむらいは将来、

『スロプロ』

になる事を“決意”していた。


しかし、まずは苦労を掛けた両親への
感謝の念から、『野望』を胸に“ホテル”
就職したさむらいであった。


この当時、『パチスロ』
『技術があれば勝てる時代』
打ち手にとってはこの上ない状況に対し、
『ぱちんこ』『みなし機』と呼ばれる
連チャン機の“強制撤去”が段階的に進められ、
その“台替機”には最大連チャン数が
『5回まで』に規制されていた。


まさに“ぱちんこ氷河期時代”を迎えていた。


新たに配属された研修先は『宴会サービス』は、
モロ、“体育会系”の職場であった。


そんな中、『激務』と連日の『お疲れ会』
疲弊仕切っていたさむらいは社会人として
やってはいけない

『遅刻』

を犯してしまうのであった。

思い出の機種

スパンキ―2©エーアイ

“スパンキー2”『エーアイ(現大都技研)』
“4-1号機”である。


『エーアイ』と言えば我輩が記憶するのは

『グレートハンター』

である。


我輩の打ったのは紛れもない『裏物』であった。


>>さむらい物語 第13話 ~さむらい最後の3号機~


我輩の認識では、『エーアイ=裏物』と言う、
図式が成り立ち、多くの方々もそのように
思っていたのではないか?


まさか、天下の『大都技研』が昔は『裏物』
作ってる“メーカー”だったんだよ!
と、言いたいわけではない。


しかし、当時の『グレートハンター』
『ウィリーチャンプ』など、『裏物』
代表するような機種が出ている。


これらもメーカーである、『エーアイ』が一切、
『裏物』とは“関知”していないと
“認識”している。


その上で紹介させて頂くのは、
“スパンキー2”である。


はい。


例に漏れず、

『バッキバキの連チャン機』

であった。


そこまで思い入れが有るわけでもないし、
大して打ちまくったわけでもない。


ただ、この当時、『技術介入機』であったり、
『ノーマルAタイプ 』ばかりが蔓延していたので
“機種紹介”で真っ当な“ノーマル機”ばかりでは、
紹介してもつまんないと思った次第である。


その後、“レッツスパンキー”
“スパンキーウェーブ”『エーアイ』
“リリース”するが、決して、
期待を裏切らない仕様であった。


記事のサムネイル画像の『ブルドッグ』
“しかり”であるw


もはや、『パル工業』がなくなった今、
期待するのは『エーアイ』『大東音響』と、
『マックスアライド』のみになっていた。

宴会サービスの良い所

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さて、当時のさむらいであるが、
我輩にとっては“苦行”でしかない研修先であった、
『宴会サービス』であるが、良い所が全く、
なかったのか?と、問われればそんな事はない。


毎日行われていた『お疲れ会』で頼む“ビール”
必ず、“瓶ビール”を頼んでいた。


むしろ、“生ビール”しかない店は選ばない。


なぜなら、“瓶ビール”『お酌』
させる為である。


そう、毎日行われている

『お疲れと言う名の大宴会』

『お酌』を練習する場でもあったのだ。


“瓶ビール”での『お酌』と言うのは意外と難しい。


どのような“注ぎ方”だとどの位、泡立つとか、
など、普通に生活していてあまり、意識する事は
ないであろう。


はたまた、泡立て過ぎると炭酸が抜けてしまい、
不味くなる。


そして、コップから溢れさそうものなら“罵声”
浴びていた。


“瓶ビール”で美味しく注ぐ事は“技術”であり、
日々の『お疲れ会』“練習”させられていた
のであった。


当時の経験のお陰で『お酌』は上手に注げるし、
グラスが空こうものなら即座に気付き、
店員を呼ぶ、と言った、『酒の場』での
気遣いが酔っていても当たり前に出来るように
なったのは、この

『宴会サービス』

のお陰であろう。


こういった“技術”“宴席”での
“テーブルサービス”でも活かされ、
いつしか、

『持ち回り』

を任せてもらえるまでになる。

持ち回りとは?

シャンパン

我輩が唯一、『宴会サービス』で好きだったのは、

『結婚披露宴』

であった。


他人の結婚式ではあるが、毎度、感動させて頂き、
“サービス”を提供する側でありながら
“涙”する事も多々あった。


さむらい“情”に熱い男であるw


そのような特別な席では

『持ち回り』

と、呼ばれる“テーブルサービス”が有り、
一個の円卓を一人、任され、

『料理やお酒を提供するサービス』

の事を『持ち回り』と言った。


“フレンチ”などは、盆に盛られた人数分の料理を
“ゲスト”に用意された皿に取り分けて回る
“サービス”であったり、
“中華”などは、テーブルの前に立ち、
人数分の大皿料理を取り分けたり、といった
“サービス”『持ち回り』と呼んだ。


そして、連日の『お疲れ会』や自身の練習の成果が
認められ初めて“婚礼”の席でテーブルを
任されるまでになったのである。

さむらい蹴られる

ウェディング

忘れもしない。


初めて、『持ち回り』を担当した
“結婚披露宴”の席で、緊張のあまり、
失態を犯してしまう。


それは、

『新郎新婦初めての共同作業』

でお馴染みの

『ケーキ入刀』

“タイミング”である。


スポットライトが“新郎新婦”に当てられ、
『ケーキ入刀』した“タイミング”“宴席”
執り仕切るキャプテンである“吉永”(仮名)さんが
掲げた“スカーフ”を振り下ろす。


そのタイミングで『持ち回り』を担当する、
ウェイターの我々が一斉に“シャンパン”を開ける!


一斉に響き渡る

『ポン!ポン!ポン!』

と言う、“シャンパン”を開けた音。


それは、一番盛り上がる演出であり、
“新郎新婦”におかれては、一生に一度の
輝かしい演出の席。


その大事な場面の見せ場で、我輩は“吉永”さんが
“スカーフ”を振りおろすより前に、
“新郎新婦”がいざ、ケーキに刀をいれようと
する、その瞬間、我輩一人

『ポンッ!!!』

と、“シャンパン”を開けてしまったのである!


明らかな『フライング』


初めての『持ち回り』であり、また
どの程度、力を加えたら『ポンッ』と行くのか
見当もつかなかったのである。


料理を提供する為に、一旦、バックヤードに入る。


一目散にキャプテンの“吉永”さんに

『失敗しちゃいました』

と、詫びを入れにいった瞬間、

『ドガッ!!』

っと、半身がブレるほど強烈な蹴りを食らったw


『失敗してヘラヘラしてんじゃねえよ!』


現在であれば『パワハラ』となり、即座に
“異動”が命じられているであろう
“キツい一発”であった。


しかし、失敗したのは我輩であり、何より、
“新郎新婦”にとっては一生に一度の
大事な場面である。


事の重大さを反省し、苦々しい
『持ち回り』デビューとなったのであった。

総括

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“瓶ビールの栓”は毎日の『お疲れ会』
散々、開けてきたが、“シャンパン”など、
開けた事がなかった。


むしろ、練習させるのも目的だったのなら
“シャンパン”も飲めよ!
と、言う我輩の気持ちにはそっと、蓋をしたw


第38話に続く。。。
さむらい物語 第38話 ~さむらい給料を語る~

本日はこれにて御免!

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