さむらい物語 第35話 ~さむらい愛すべきメーカーとの別れ~

アンカー広告
--sponsored link--

やあやあ、本日はしっかりとお昼寝までした
さむらいであるw


さて、先日行った“サイトの更新”から続いていた
“不具合”であるが、本日に関しては
エラー等の報告はなかった。


ただ、“キャッシュ”が残っていない
新規の門下生(読者様)が初めて訪問した時に
“不具合”が出ているのではないか?
と、心配している。


引き続き、“不具合”が生じたら
コメントを頂けると助かるのである。

前回までのあらすじ

--sponsored link--

『さむらい物語』とは我輩の『過去の記憶や足跡』
『パチスロの歴史』を重ねて振り返り、見ていこう、
と言う趣旨の『物語』である。


一部、年齢などの部分は妄想が含まれている事を
お断りしておくw


『パチスロ』にハマり、『パチスロ』
生きていく決心をしていたさむらい
『スロプロになる』事を決意していた。


しかし、学業を全うさせてくれた両親への
感謝の念から、『野望』を胸に“ホテル”
就職するさむらいであった。


この当時、『パチスロ』
『技術があれば勝てる時代』
打ち手にとってはこの上ない状況に対し、
『ぱちんこ』『みなし機』と呼ばれる
連チャン機の“強制撤去”が段階的に進められ、
その“台替機”には最大連チャン数が
『5回まで』に規制されていた。


まさに“ぱちんこ氷河期時代”を迎える事となる。


そんな中、さむらい『仕事』にも慣れ、
上手く、『パチスロ』との両立した生活を
送れるようになるも、“相方”とのすれ違いと
有り得ない行動により、さむらいの怒りは爆発し、
果たし合いを望む。


しかし、果たし合いは受け入れられず、“相方”との
共同生活は修復不可能と判断し、相部屋解消となった。

思い出のニュース

さよならパル工業©パチスロ攻略マガジン

ホテルの仕事にも慣れてきた頃である。


今でも覚えている、“衝撃のニュース”


『さよならパル工業』

と、題したその記事は皮肉にも
緊急差し替え記事であった。


我輩が愛してやまないメーカーである

『パル工業』

“日電協”自主脱退すると言うニュースであった。


『さむらい物語』でも数多くの機種を取り上げてきた
本メーカー『パル工業』


裏物はダメだよ!と言う行政の指導から
“4号機”へ移行したにも関わらず、

『連チャン機こそがパチスロの真髄』

と言わんばかりに『裏物』に拘り、
『裏物』を出し続けた、
愛すべきメーカーである『パル工業』


メーカー愛からさむらいが就職までも試みようとした
『パル工業』


結果として就職しなくて良かった、と言う話しではあるが、
もう二度と『パル工業』の新台は打てないのか、
と、かなりのショックを受けていた。


当時、“3機種”『裏物』が摘発された。


摘発されたのは
『パワーゴリラ・パワーボム・キングアロー』
“3機種”である。


“3機種”『裏物』へのメーカー関与が認められ、
“検定取り消し処分”へ。


責任問題から“日電協”を自主脱退する事を余儀なくされた。


今でこそ、“日電協”に加盟していないメーカーでも
パチスロを作る事が出来ているが、当時の規定や、
特許問題等から“日電協非加盟メーカー”
“新規参入”はほぼ、“不可能”であった
と言って良い。


左リール“1コマ”で小役として払い出されるのが
当たり前である『チェリー小役』ですら、
“日電協非加盟メーカー”は採用する事が
出来ないのである。


そしてその“日電協”からの自主脱退は、
“実質的なパチスロ業界から撤退”を意味し、
後に会社は“解散”する事となった。


我輩にとってそのニュースが衝撃的過ぎて、結果として、
“20年”経った今でもその当時のパチスロ雑誌を
保管していた程であるw

新しい部署へ

--sponsored link--

さて、我輩の足跡であるが、“元相方”“訣別”を果たし、
一人部屋にも慣れてきた頃、新しい部署への配置転換があった。


それもそのはず、入社した“1年目”は研修期間であり、
“2~3部署”を研修で回る。


入社して“4カ月目”に配属された“研修先”

『宴会サービス』

であった。


『宴会サービス』とは、ホテルの“宴会の現場”
取り仕切る部署である。


『宴会』にはベテラン社員の“キャプテン”がおり、
その下に若手社員の“アシスタント”と呼ばれる
キャプテンの補佐を務める“入社2~4年目の先輩”がおり、
我輩はその直属の
『”アシスタント”“アシスタント”』
と言う、役目を担う事となる。


当時の“ホテル業界”と言うのは“高卒”の正社員と“専門卒”
または“大卒”が入り混じり、『年下なのに先輩』や、
『後から入社したのに4年目の自分より、給料が良い大卒の新入社員』
と言った、“年齢の幅を越えた実力社会”であり、
言うなれば、もろ、

『体育会系』

の職場である。


そして、その『体育会系』が特に色濃く出ていた部署が

『宴会サービス』

と言う、部署であった。

宴会サービスと言う部署

ウェイター

通常、社員とアルバイトだけで形成されているなら
まだ、良い。


しかし、『宴会サービス』では、“1000人規模の大宴会”があったり、
婚礼等の特別な『テーブルサービス』が求められる席、
等、急に人数が増えた場合等にも即座に対応出来るよう

『配膳会』

と、呼ばれる『配膳サービス』が行える人を派遣する
外注の会社があった。


そのような『配膳サービス』の会社も“1社”ではなく、
いくつかあり、その中でも派閥的な“上下関係”があった。


只でさえ、年齢的にも面倒な先輩後輩関係がある
“正社員”の組織の中に、外注の『派遣社員』
加わるのであるから、これはかなりの
面倒な“人間関係”があるのが
想像に容易いであろうw


その、『配膳サービス』を取りまとめる人物を

『リーダー』

と呼び、当日の“配膳会”の派遣バイトを
取りまとめる役目を担っていた。


“キャプテン”(ベテラン社員)、
“リーダー”(外注日雇いベテラン派遣社員)、
“アシスタント”(若手社員)についで、
我輩、“新入社員”である。


兎に角、面倒な“人間関係”であった。


更にはその下には日雇いである、“配膳会”から派遣された
“派遣バイト”がいた為、
“人間関係”はぐちゃぐちゃであった。


我輩が付いた先輩は入社8年目の“若手キャプテン”であり、
そのキャプテンの“吉永”(仮名)さんも寮に住んでいた。


その先輩には“4ヶ月間”全ての『宴会』で一緒になった。


休みも一緒で“休日”とあらば、近くのパチンコ屋へ赴き、
連れ打ちをしていた。
事、“ぱちんこ関連”に関しては我輩の方が
先輩であり、経験豊富であった為、“吉永”さんに色々、
立ち回り指南など、していた。

宴会サービスは宴会好き

--sponsored link--

いやはや、この時も“4カ月間”は本当にしんどかった。


やはり、『宴会』に携わっているだけに皆、

『宴会好き』

なのであるw


朝食対応でどんなに早く出勤し、早くあがろうと、
居酒屋で『お疲れ』が始まり、
次第に他の『宴会』を担当していた方々が続々と
合流し、ただの『お疲れ会』がいつの間にか、
『大宴会』になっていく。


我輩が飲めるようになったのも『宴会サービス』
のお陰やも知れんw


当時、新入社員で安月給であった我輩がお金など
ほとんど払った記憶はないが“先に帰る”など
以ての外。


同じ寮に住む“吉永”さんが帰る、と
言うまで帰宅出来なかった。


さすがに、連日の宴会に嫌気というか、
身体の限界を感じていた。


通常、“宴席”に合わせた出勤時間の“1時間前”には出勤し、
“宴席”の準備を行うのが“アシスタント”の仕事であり、
その、『”アシスタント”“アシスタント”』
であった我輩は“アシスタント”である先輩よりも早く出勤し、
“宴席”の準備を進めていた。


“吉永”さんと出勤時間は同じでも、
“1時間”以上早くに出勤していた我輩は
いつしか、疲労が蓄積し、社会人としては

『やってはいけない失態』

を犯す事となる。


第36話に続く。。。
>>さむらい物語 第36話 ~さむらい社会人になって初の大失態~

本日はこれにて御免!

ランキングに参加中である!
個人で飲むより、大人数だと言う門下生(読者様)
さむらいの応援クリックすべし!

--sponsored link--
広告336×280
アクセスランキング